今後生じる法的問題を考える雑誌の特集もいくつか拝見するようになった。その中の一誌「金融法務事情2011年4月25日号(1920号)」に拙稿を掲載させていたたいた。
 現在実施されている金融機関の対応は、金融庁のサイトに簡潔なまとめがあるが、私の仕事は、「震災と金融取引実務 ―阪神・淡路大震災の当時に考えたこと」と題するもので、16年前の阪神・淡路大震災を頃をひたすら振り返るものである。拙稿がなにかのお役に立てればと願いつつまとめさせていただいた。
 以下は、その書き出し部分である。

 3月11日午後2時46分、M9・0の地震が東北地方を襲った。それから1箇月余りが経過し、少しずつ復興へ向かっているが、市民生活や経済活動が元通りの状態になるのは容易ではない。このような状況の中では、金融機関もその役割を果たすため、通常では想定されないような業務の対応に直面する。
 16年前の阪神・淡路大震災の際も、金融機関は、四囲の状況と自らが置かれている立場との間で、取引先顧客のために、何を・どうすればよいか、悩みつつその役割を果たしてきたと思う(その貴重な記録として、さくら銀行篇『阪神・淡路大震災に学ぶ銀行の事務対応』(1996年、金融財政事情研究会)がある)。以下では、阪神・淡路大震災の際に、被災地の地銀の法務担当として筆者自身が考えたこと、経験したことから、今回の震災と復興に向けた動きの中で生じるあろう金融機関の業務について、参考にしてもよいと思われる事項いくつかを取り上げてみたい。

 

 4月2日の入学式から、今日、5日はフレッシュマンフェスタ。新入生を迎えた法学部の先輩達による歓迎イベントである。新しい生活に対する希望と不安、緊張感に包まれた雰囲気が少しずつ変化している。
 フレッシュマンフェスタでは、新入生はゼミ単位に別れる。フレッシュマンフェスタ実行委員会の学生達を中心に、教員が何名か参加して、学生生活について話したり、相談に乗ったりする。

 今年の新入生とって、どんな4年間になるだろうか。
 現在の経済社会の状況はよくない。先ほど卒業した先輩達も就職活動はほんとに苦労した。それに輪を掛けて、東北の大震災の影響が関西にも及んでいる。
 しかし、4年先は、今よりはよくなっているはず。大震災の被害から、復興に向けた力強い動きが、日本全国至る所で出てきつつある。その努力が少しずつ功を奏するはずである。
 4年間で力強く生きる手立てを身につけて卒業してほしいものである。

NEC_0003.JPG 新入生達の卒業後の進路希望は、さすが法学部らしく、公務員というのが聞かれる。警察官というのも多い。今回の震災で、その仕事に大変さが、明らかにされているのにである。
 4年間でなんとか希望を実現するだけの力を身につけてほしい。私たち教員にとっても新たな課題を自覚する時である。

 

 

 

 

 

 

上は4月2日 入学式。下は、4月5日 本日のフレッシュマンフェスタ

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 全国株懇連合会編「全株懇モデル〔新訂3版〕」が、このほど商事法務から刊行された。本書の初版は2005年、新訂版が2007年、新訂2版が2009年であり、今回で3 NEC_0006.JPG回目の改訂である。
 上場会社の定款・株式取扱規程・招集通知・事業報告などの書式や株主総会運営の手引きを収録したものとして、存在感を持っているようである。今回は、議決権行使結果開示の臨時報告書の記載例、株式取扱規程モデル等の改正が収録されたほか、新訂2版以降の法令の改正についてメンテナンスがされている。

 本書のそもそもの成り立ちは、全国株懇連合会定時会員総会の分科会審議テーマの研究報告が集められたものである。東京株式懇話会、大阪株式懇談会が1年がかりで研究した成果を総会の場で発表する。私も、平成13年・14年の総会で、大阪株式懇談会を代表して発表の機会をいただいた。その後、大学の研究者としての職を得て以降も、大阪株式懇談会の皆様のご厚意で、特別委員という肩書きをいただき、毎年の研究報告のとりまとめのお手伝いをさせていただいている。大阪を代表する企業の法務・株式担当の皆様を相手に議論するのは大変であるが、私にとって、会社法とその実務を勉強する貴重な機会である。

 さて、私が特別委員としてお手伝いさせていただいた大阪株式懇談会の報告テーマを年度順に追ってみれば次のとおりである。

 平成16年 改正商法等に基づく招集通知・営業報告書作成の実務
 平成17年 取締役、執行役および監査役の報酬・退職慰労金等の実務
 平成18年 (会社法下における株主総会実務)株主総会の日程と運営
 平成19年 剰余金の配当に係る実務対応
 平成20年 株主提案権に係る実務対応
 平成21年 インサイダー取引規制に係る実務対応
 平成22年 株主代表訴訟に係る実務対応

 「全株懇モデル」の初版には、平成16年の報告が収録されているだけであったが、現在は、平成18年・平成19年の報告も併せて収録されている。もちろん、その後の法令改正はフォローされている。会社法実務に携わる方々による、実務家のための参考書として、広く参照していただければ幸いである。

 ところで、本年は、「法定公告・法定開示の実務」がテーマである。
 法定公告というほとんど存在感がなくなっている制度と、金商法による法定開示という近年ますます充実されつつある制度、このあたりの対比を実務の中でどうこなしていくか、考えていけば結構面白い。

 

 

P1000066.JPG 今日、食堂に行くと、写真の立て看板が目をひいた。

 救援金の募金活動である。経営学部の学生諸君が中心になり、大学の食堂内で営業しているチャレンジショップ『京學堂』のスタッフの皆さん方がやっていた。日本国内のみならず、世界中から支援の手がさしのべられている。そのような状況下、「私たちに何ができるのか」を考える中での取り組みと聞く。私もいくばくかのご協力をさせていただいた。

 それはさておき、今の立場で、私に何ができるだろうか。

 十数年前に発生した阪神淡路大震災では、勤務していた銀行の法務担当として、日々発生する法務問題と格闘していたことを思い出す。その経験を活かし、今回の出来事についても、なにがしかのお役に立てるような仕事ができればと考えている。

 そんなことを思いながら、本学ビジネスサイエンス叢書の1冊として上梓されている甲斐道太郎編『大震災と法』(平成12年、同文館)をひもといてみた。

 

 

 大変なことが起こっている。想像を絶する様に言葉を失う。

 犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げますとともに、被災された方々に対して心からお見舞い申し上げます。
 
 2年前に卒業して、福島の地銀にUターン就職をした卒業生から、メールをもらった。ライフラインが寸断され、厳しい状況の中で、毎日出勤してがんばっているという。この環境下での銀行窓口では、例えば通帳・届出印の提示のない預金払戻請求など、平常考えられないような営業店事務が発生する。通常の仕事に戻るまではしばらくかかるだろう。しかし、ここでやっている一つ一つの仕事が、被災された方々の今日の生活、明日の復興への糧になっていることも忘れてはならない。

 それぞれの場で、がんばっておられる皆様方のご健闘を心からお祈り申し上げます。

 就職率100%の大学が存在する。
 その大学、国際教養大学、学長の中嶋嶺雄先生が本書の著者である。どのようにすれば、そのような結果に至ることができるのか。
 次の、5点が指摘されている。
  (1)授業はすべて英語で行う。
  (2)1年間の海外留学を義務化
  (3)外国人留学生と一緒の寮生活
  (4)進級・卒業の厳しさ
  (5)少人数教育(1クラス15人程度)ときめ細かなサポート

 (4)では、授業科目ごとの成績を4点満点で評価し、平均値によって進級や卒業の可否を判断するGPA(Grade Point Average=累積成績評価平均点)が、4期連続で2.00を下回ると、休学・退学勧告の対象にする。実際に4年でストレートに卒業できる学生は50%前後という。
 なるほど、こうすれば、ある程度以上のレベルの学生は、勉強しないわけにはいかない。古典的ではあるが、正統派の手法である。しかし、あきらめて去って行こうとする学生に対して、何らの対応をする必要はないのだろうか。その兼ね合いが悩ましい。
 折しも今日は勤務校の卒業判定の教授会。2007年度入学者を中心に100名あまりの卒業者を決定した。

 また、(5)では、1クラス15人程度を基準とする授業は、教員と学生のコミュニケーションの機会を増やすのはもちろん、ディベートやディスカッション、プレゼンテーションへの参加を通じて、自分で考え、主張する能力を磨くという。
 こういうことを通して、当世はやりの「コミュニケーション能力」に限らず、いわゆる社会人基礎力といわれるもの備えることができればそれに越したことはない。一つの到達目標であろう。あわせて、自ら課題を見つけ、必要なことを自発的に学んでいくという、そういうくせが身につくようにしたいものである。
 
 国際教養大学のすばらしい実践に感動しつつ、自らの新年度の課題を考えてみた次第である。

 

 

 たった今、仙台市の男子予備校生(19)の逮捕状請求がニュースが流された。

インターネットの掲示板サービスに携帯電話から投稿したというものだが、彼は、最後まで「aicezuki」というハンドルネームの陰に隠れ続けることができると考えていたのだろうか。

 企業法務の世界でも、インターネットを通じた無責任な書き込みによって風評被害等を被った場合、プロバイダーに対して発信者情報の開示請求等を行い、これによって明らかになった発信者に対して責任の追及を行うことがある(この問題については、やや古くなったが、拙稿「ネット告発等による企業の風評被害とその対応」法律時報76巻11号77頁以下参照)。

 たとえハンドルネームの陰に隠れていても、その者の住所・氏名等の発信者情報は、むやみに開示されるものではないにしても、犯罪捜査の中で明らかにされることがあること、また他人の権利を侵害するケースでもその回復のために明らかにされることがあることは常識である。ハンドルネームの陰に隠れておれば、何をやってもいいと考えているのであれば、誤解もはなはだしい。犯人捜しはそんなに難しいくない。京大を受験しようとするほどのレベルの者がこのような常識をわきまえてないのは信じがたい思いがする。

 

 本日(2月28日)付け日本経済新聞朝刊「法務インサイド」欄にこの問題が取り上げられた。
 内容は、2月17日の福岡地裁の判決(公刊物未登載)で、事業継続にあたって必要な負債は新設会社に移されたが、それ以外の債務は抜け殻状態の分割会社に残されたのに対して、新設会社の法人格を否認して、分割会社の債権者に6億4000万円の支払を命じられた旨が紹介されている。そして、濫用的な会社分割が会社法では容易に認められてしまうという法の不備が指摘され、法制審の会社法部会に改正提案が出されている旨が報告されている。
 濫用的会社分割に対する分割会社債権者の対応として、詐害行為取消権(民法424 条)の行使、商号等が続用された場合に会社法22条1項の類推適用、取締役等の責任追及(会社法429 条1 項)、法人格否認の法理等が使われる。2月17日の福岡地裁判決は、法人格否認の法理を用いて、会社分割による新設会社は、分割会社と同様の法的責任が課されると考えたものと推測される(公表されている先例として、福岡地判平成22・1・14金融法務事情1910号88頁がある)。
 法制審議会会社法制部会では、平成22年12月22日開催の第8回会議で検討が行われ、議事録等も公表されている。また、研究者の論考も、最近増えてきた。
 この問題については、1月27日2月2日に続く、3回目のエントリーであるが、ますますこの問題から目が離せなくなりそうである。

 勤務先大学の学生・授業評価アンケートに「先生の説明はわかりやすいですか」という項目がある。わかりやすく説明することに心がけはしているが、難しい課題である。得てして法律自体にわかりやすさを求めるのは、無い物ねだりに等しい、などと愚痴も言いたくなる。
 ところが、最近読んだ、伊藤亜紀弁護士の『電子マネー革命 キャッシュレス社会の現実と希望』(2010年11月、講談社現代新書)では、2010年4月に施行された「資金決済法」が、すこぶるわかりやすくの解説されている。「資金決済法」には、主として、電子マネーの利用者を保護するルール、銀行以外の事業者による送金業務に関するルールが定められている。電子マネーや電子マネーを使った新たなビジネスの登場とともに、これらの制度インフラとして、これからますます注目されるルールになってこよう。
 私も、「資金決済法」に関連したトピックスについて、法学部HP上のコラム「ビジネス法学におこしやすpart2」第1回で簡単な解説を行ったが、「資金決済法」そのものは、それほどわかりやすい法律ではない。
 なぜか。
 一般に、新たな制度インフラはある種の妥協の産物であるが、これが制度の理解を難しくする原因のように思われる。資金決済法の関係では、コンビニの収納代行は為替取引ではないという理由で、また、電子マネーに類似する企業ポイントはオマケであるという理由で、資金決済法が適用されず、資金決済法による消費者保護のシステムのらちがいというのは、わかりにくさを加速させているように思われる。

 伊藤弁護士の『電子マネー革命』では、気弱でメタボのサラリーマン鈴木太郎、何よりもポイント集めに熱心な妻のよし子、いまふうの女子高生である娘の花子の3人を登場させ、電子マネー、企業ポイントなどめぐる事件に巻き込まれる姿を描き、これを背景にして、「資金決済法」の内容や、「資金決済法」を使った新たなビジネスの展開(ポイント交換サービスなどを発展させた電子マネー送金など)などの解説が続く。
 鈴木一家の物語は、ホームドラマを見るようで、楽しめる。それに続く解説は、資金決済法成立の過程でとられた政策判断とその問題点の解消、今後の変化の方向性も示唆しながら、未来志向でやっておられる点、やはり好感が持てる。
 話題の展開に興味を持たせようとする著者のサービス精神が、難しい内容ではあるが、その説明をわかりやすくしているように思う。

 学生たちを前にすると、どうしても、「勉強しなさい」「もっともっと勉強しなさい」と言ってしまう。素直な学生は、「はい。がんばります。」と応じる。意味のないやりとりである。
 今までそれほど勉強してこなかった。それでも十分幸せに生きてこれた。そんな人を相手に、自然と勉強しないとダメだ、こんな自覚が生まれるようにするには、通り一遍のモノの言い方では伝わらないだろう。
 勉強法の達人(自らを勉強法学者と称されている。)である柴田孝之氏の「試験勉強の技術」(2010年3月、ダイヤモンド社)を読むと、「第4部 勉強にくじけないために」に、重要な指摘がある。
 まず、勉強は何に役立つのか。いろんな知識を素材にして、筋道を立てて考える力や、正確で迅速な事務処理を訓練できるところにあり、およそ社会生活・日常生活を営むすべてに役立つ。そして、勉強を始めた人は、天命を待てるくらいまで人事を尽くさなければならない。人事を尽くせば、自ずから結果は表れる。それが悪い結果になることはない。挫折や飽きはつきものだが、結果を出さなければやったことがすべて無駄になる、と言う。
 誠に歯切れがいい。
 法学部の勉強は、これにプラス・アルファー。その学問としての性質上、人と人との関係。人と国・自治体との関係。人と企業との関係。それぞれのつながりを、いろんな角度から学んでいくので、社会生活をする上で、市民として正しいモノの見方・考え方を身につけるという点で役立つ。
 こういった動機付けを経て、あるいは理解を得てこその、「勉強しなさい」なのだろう。しかし、ここまでいけば、そんなことを言う必要はないかもしれない。そうあってほしいものである。