2010年2月アーカイブ

 昨日(2月27日)の日経夕刊で、「電子債権取引所 金融機関、大半が参加 中小企業資金繰り円滑化」の大見出しを見た。「電子記録債権」と「根抵当権の設定」に関する実務書の分担部分の執筆が現在進行中の仕事であるが、どう書くか頭をひねっている中で見た新聞記事である。忘れないうちに、若干のコメントをしておきたい。
 記事のいう「電子債権」、正式名称は「電子記録債権」は、平成19年6月に成立・公布され、翌年20年12月から施行されている「電子記録債権法」によって、新たに創設された仕組みである(法律そのものについては、同僚である島田志帆准教授が、比較的早い時期に『京都学園法学』で論じておられる。)。主として、紙の手形と比較し、印紙税不要・安全性が高い等のメリットが指摘され、その代替としての活用が考えられている。
 電子記録債権は、その発生または譲渡について、電子記録債権法の規定による電子記録を要件とする債権である。それぞれ必要的記録事項・任意的記録事項が法定されており、主務大臣の指定を受けた電子債権記録機関が電子債権記録業を行う。電子債権記録機関は、全国銀行協会が、平成24年3月開業を目指して、平成21年3月に全銀行参加型のスキームを公表しているほか(電子債権記録機関要綱参照)、メガバンクを中心に子会社方式で記録機関が設立されている。この記録機関が、新聞記事では、「電子債権取引所」といわれている。
 金融サービスのIT化・高度化等を図るインフラとして、広く利用されることが望まれるが、新聞記事では普及に当たっての課題として、2点を指摘する。1つは、全銀協の電子債権記録機関とメガバンクのそれとの間で互換性がないこと、2つ目は、電子記録債権が支払不能の場合の対応がまだ決まっていないことである。
 前者は、電子記録債権の活用法に関わるが、一方は商取引手形の代替、他方はシンジケートローン等のセカンダリーマーケットのツールというように考えれば、互換性はそれほど大きな問題でなくなる。後者についても、現行の手形不渡処分制度の採用が、独占禁止法に関する整理を踏まえて検討されているようであるが、不渡処分制度が果たしてきた役割を考えればおそらくこれも問題ないように思われる。
 制度の円滑な運用を期待したい。

 

 最近のトヨタの一連の事態に対する対応は、危機管理広報のモデルケースとして、今後取り上げられることも多いだろう。2月24日午後(日本時間25日早朝)に行われた豊田章雄社長の米下院監督・政府改革委員会の公聴会での証言はこの問題に対する一つの節目になろう。
 社長証言は、報道によれば、まず、実際の起こったトヨタ車の事故(安全問題)について謝罪し、問題の焦点になっている電子制御システムについては、「これまでの調査では......」という限定つきながら、問題はない旨を明言する。そして、安全問題などを引き起こした原因は成長のスピードに人材の成長が追い付かなかった点をあげ、再発防止のための体制を整備した旨を明らかにする。
 危機管理広報については、少し古い書物であるが、中島茂『その「記者会見」間違ってます!』(2007年、日本経済新聞)がある。同書によれば、「対応は、『謝罪』『原因究明』『再発防止』の三点セットで......」が強調されており、トヨタの対応はそのセオリーどおりである。それもトップがしっかりとリーダーシップをとり、その顔が見える形で対応され、責任の所在がはっきりしている。並の企業ではここまでやるのは難しいだろう。
 マーケットの評価を反映する株価はおおむね合格点を出しているようである。ただ、今回の対応は、一連の問題の端緒に過ぎない。今後、どのような着地点を見つめていくか、注目したい。

 ネット上での評判を受け、読んでみた。「著作権」という不思議な権利を、わかりやすく、また興味深く論じている。この世界で生きる専門弁護士の実力を見せつけられた思いである。
 以下、著者のいくつかのメッセージと私の感想を記録しておく。

(1) ディジタルネットワーク化による情報の拡散性の高まりが、許諾のない情報流通と個人によるコピーの増大になって現れ、著作権侵害の損害額が、権利侵害の「被害者」だけでなく、情報を流す「加害者」にとっても大きなリスクになる。(45頁)
(2) ネットでの作品の私的な流通や私的複製の問題について、「その利用は市場を侵食するのか? 補完するのか?」、「DRMが拡大することの功罪」等の視点がかかわってくる。(69頁)
(3) 著作権者の許可を得ないと作れないはずの「翻案」「複製」が、規模が小さいから、またおもしろいからいいということで黙認されているグレー領域がある。これが最近の社会の法化現象で確実に狭まっている。(102頁)
(4) 権利者の許可が必要な多次的創作やアーカイヴィングは、それとして大きな社会的意義を有しているのだが、これを行うにあたって、権利者を探し出してその許可を得ることが困難で、これによって支障が生じている。(122頁・139頁・158頁)
(5) 法律の基本的なルールを理解しつつ、自分の頭で作品を利用する必要性とリスクを判断し、とるべきリスクをとる。情報流通のあり方が大きく変わりつつある社会では、そうした姿勢はますます大切になる。(181頁)

 権利は尊きものとして保護一辺倒という考え方に立てば、(2)(4)の視点は見落としがちになる。制度構築においてはこの点のバランスが重要であろう。
 (1)(3)は、著作権だけの問題ではない。企業実務では、発生する可能性があるリスクを確実にコントロールしつつ、必要なリスクは積極的にとっていくという考え方が一般的であろう。そうすると、(5)が抽象的な言い方ではあるが、留意しなければならないことであり、おそらく著者の基本的立場もここにあるのではなかろうか。

 2月12日(金)ビジネス法務2級検定合格者のインタビューを行い、このほど法学部HPのNewS欄に掲載させていただいた。

 インタビューに応じていただいた安慶名美鈴さんは、国内留学協定に基づき、2009年4月から2010年3月まで、大学2回生としての1年間を京都学園大学ですごした沖縄国際大学の学生である。沖縄国際大学からの留学生は、法学部でも毎年数名が在籍しており、ゼミ・講義などを含め、京都学園大学の学生と同じ環境で学生生活を送る。過去私の接した何人かをみても、目標を持って学生生活を送っているまじめな学生が多かったように記憶している。

 もちろん彼女も、そのような学生の1人である。インタビューの際に、「1年間という限られた時間しかなかったので、集中できた。」という言葉があったが、勉学にレジャーに、精一杯の1年間をすごしたようである。

 バンクーバからのニュースを見ても、努力の成果が結果につながらないことはありがちである。彼女の場合、ビジネス法務検定2級合格という結果を出せたことは大いに評価していいだろう。あと2年間の学生生活が彼女にとって実り大きなものであることを期待したい。

 

 

 

 先日公表された名古屋地判平成21年12月11日は、市(名古屋市)が発注したゴミ焼却施設の建設工事について、入札参加者間で談合が行われ、市は、入札談合がなかった場合に形成されたであろう落札価格と現実の契約金額との差額分の損害を被ったと主張して、受注事業者を被告とし、不法行為に基づき損害の賠償を求めた事件に関する判決である。
 内容は、(1)市が発注したごみ焼却施設建設工事の一般競争入札において,入札参加者間に談合が存在を認め、(2)談合による損害額が民訴法248条に基づき契約金額の5パーセントと算定し、(3)談合による損害賠償請求権に係る民法724条前段の消滅時効の起算点について,被害者である市が損害を知った時が,市において公正取引委員会の審決書および同審決書における認定判断の根拠となった資料を入手し,その内容を把握した時点であると認定して、消滅時効の完成を認めず、市の受注事業者に対する損害賠償請求を認容した。
 以下では、民法上の重要論点である(3)について、判決内容をやや詳しく紹介することとする。

 まず、民法724条では、不法行為による損害賠償の請求権は被害者等が「損害及び加害者を知った時」から3年間行使しないとき、時効によって消滅すると規定されている。本件裁判では、この「損害及び加害者を知った時」はいつかが問題になった。
 被告の受注事業者は、(1)公取委の立入検査に関する新聞報道がなされた平成10年9月17日、(2)公取委の排除勧告に関する新聞報道がなされた平成11年8月9日あるいは同月14日、(3)請負代金の支払差止めを求める住民訴訟の提起があった平成12年8月までには、市は損害および加害者を認識しており、本件訴訟を提起した平成19年1月29日の3年以上前に消滅時効が完成していると主張した。これに対して、判決は、市に損害が生じたのは、市が本件各工事に係る請負代金を支払い、過払となったときであるとし、いまだ損害が発生していない時点でその発生を現実に認識するということはあり得ないとして、(1)(2)(3)のいずれも採用できないとした。
 そして、判決は、「損害及び加害者を知った時」について、市が、公取委の審決書およびその認定判断の根拠となった資料を入手し、その内容を把握した時点、具体的な時期は明らかではないが、早くとも受注事業者にかかる別件の審決が出された平成18年6月27日以降と判示する。入札談合が入札参加者間で秘密裡に行われることからすれば、本件各工事に関して談合が存在し、不法行為に基づく損害が生じたことの確証を得るのは困難であることから、損害の発生を現実に認識するためには、談合が存在すると判断するに足りる相当な資料、根拠が必要であるからというのである。

 民法724条前段の「損害及び加害者を知った時」について、本判決は、著名な名誉毀損事件(ロス疑惑事件)に関する最高裁判決(最判平成14・1・29民集56巻1号218頁)を引用し、民法724条にいう被害者が損害を知った時とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解する。この論理のあてはめとして、上記の判断に至ったものと思われるが、最高裁判決が、その理由として述べる「被害者が、損害の発生を現実に認識していない場合には、被害者が加害者に対して損害賠償請求に及ぶことを期待することができないが、このような場合にまで、被害者が損害の発生を容易に認識し得ることを理由に消滅時効の進行を認めることにすると、被害者は、自己に対する不法行為が存在する可能性のあることを知った時点において、自己の権利を消滅させないために、損害の発生の有無を調査せざるを得なくなるが、不法行為によって損害を被った者に対し、このような負担を課することは不当である」とする点は、本件では妥当しないように思われる。
 最近、消滅時効の起算点を遅らせることで権利者の保護を図ろうとする判例が見られるが(自動継続定期預金の消滅時効の起算点に関する最判平成19・4・2461巻3号1073頁など)、本判決もそのような流れの中で読めそうである。

 

 

 2月6日は、OCUサロン(市大同窓生の集い)・"2010新春会"に参加。大阪企業家ミュージアムを見学した。明治から昭和にかけて、大阪の地で活躍された企業家105名をパネルで一堂に紹介(生年順の編纂されたガイドブックによれば、1835年生まれの五代友厚から1919年生まれの佐治敬三まで)。壮観である。
 通常1時間余りの見学コースを、大西奈緒美課長ほかのご案内で約30分に短縮。
 「大阪は、企業家精神をもった人々が十分に力を発揮し活躍できる『場』であったからこそ、多くの『人々』が集まり、その『場』が惹きつける多くの『人々』がまた新しい大阪を作り出していったのである。大阪の企業家精神とは、そうした『場』と『人』が織り成すまさに二重らせんのDNAであるといえるのかも知れない。」(プロローグシアター「大阪の企業家精神のルーツ」による)とのメッセージは心地よい響きがある。
 現状の大坂経済また日本経済は、中国に追い越され、大変厳しい。同じように、学生の就職活動もすこぶる厳しい。しかし、考えてみれば、105名の先輩方が活躍されたころも、楽な時期ではなかったはず。私たちももう一踏ん張り、先輩方に負けない創意工夫が要求されるだろう。
 こんなことを考えさせる場が、大阪企業家ミュージアムであった。
 できればここで、学生達と共に、先輩方の企業家としての活躍に思いをはせつつ、企業社会への構えを説いてみたいと思う。
 

 保証債務の履行請求が権利の濫用に当たり許されないとされないとする最高裁判決が裁判所ホームページに掲載された(最高裁判所第二小法廷平成22年1月29日判決)

 本事件の保証人Yは、23歳のときに、A社グループに所属するB社神戸支店にアルバイトとして勤務するようになり、同支店が独立する形でM社が設立された際に同社の正社員となり、その後わずか数か月後に同社の代表取締役に就任したものであるが、実態は単なる従業員とほとんど異ならない立場にあったようである。その後、M社の資金繰りが行き詰まるや、同じA社グループのX社から、利息制限法所定の制限利率を上回る高利で融資を受けることになり、これをYが保証した。M社の経営体制の下で、Yがこれを拒むことは事実上困難であったとようで、Yは本件保証契約を締結した直後に弁護士に相談し、代表取締役を辞任したい旨の通知を送付している。
 このような状況の中で、X社がYに対して保証債務の履行を求め、Yが、X社による保証債務の履行請求は権利の濫用に当たるなどと主張して争ったのが本件である。第一審判決は、Yの主張を認めたものの、控訴審判決は、YがM社の代表取締役に就任した経緯や保証契約を締結した経緯等を検討してもX社の権利濫用に当たるような事情は認められないとして、X社の請求を全部認めたので、Yが上告した。
 上告審は、X社のYに対する保証債務の履行請求について、「経営に関する裁量をほとんど与えられていない経営体制の下で、経験も浅く若年の単なる従業員に等しい立場にあったYだけに、M社の事業活動による損失の負担を求めるもの」であること、そして、「Yが同社の代表取締役に就任した当時のM社の経営状況、就任の経緯、X社のM社に対する金員貸付けの条件、Yは本件保証契約の締結を拒むことが事実上困難な立場にあったこと」などを考慮要素とし、権利の濫用に当たると判断して、X社の請求を認めなかったのである。

 本判決は、自動車のサブデイーラーから自動車を買い受けたユーザーに対しデイーラーが右サブデイーラーとの間の自動車売買契約に付した所有権留保特約に基づきその自動車の引渡を請求することが権利の濫用になるとされた先例(最判昭50・2・28民集29巻2号193頁)に続くものという見方も可能であろう。
 しかし、本件のような、保証人の権利濫用の抗弁については、自己の債権の支払確保のために約束手形の裏書譲渡を受けた所持人が、右債権の完済を受け原因関係が消滅したにもかかわらず、手形保証人に対して手形金の支払いを求めることは権利の濫用に該当するとした先例(最大判昭43・12・25民集22巻13号3548頁)が見られる程度で、あまり一般的ではない。むしろ法律構成として、保証契約成立の段階で、保証意思の有無を問題にし、保証契約の不存在や錯誤無効の成否が争われることが多いように思われるところである(保証契約の錯誤無効の問題については、旬刊金融法務事情1834号94頁以下参照)。
 本件事案においては、保証契約成立時点で争いになることがなかったので、判決のような解決に向かったものと推測されるが、権利濫用に当たるかどうかの判断は微妙である。とくに経営者保証については、「経営に対する規律付けという機能」が認められることから、通例の個人保証と比較して保証人保護の要請はそれほど強くないと考えれば、権利濫用もたやすく認められるものではないと考えるのが一般であろう。しかし、本判決では、こういった一般論を覆す特別な事情が考慮されたと見ざるを得ないだろう。


 

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