2011年1月アーカイブ

 大人向けの知的生産本は多いが、大学生向けの書物してユニークな存在である。「知的勉強こそが人生を切り開くための『インテリジェンス』をうみだす」の第1章で始まる本書の存在は、大学生が勉強をしなくなったという現状を踏まえたものなのだろうか。勉強へのインセンティブに訴えるのは、長年、教師として大学生を見てこられた方だけにさすがといべきなのか。
 当の大学生が本書をどれだけ読んでいるのかわからないが、『インテリジェンス』を磨くための知的技法として、「知る/調べる・聴く」「書く・発表する・討議する」ための具体的ノウハウがていねいに述べられており、参考になる。極めつけは、「魅力ある『ゼミ』を選ぶための見方と方法」であろう。
 松野先生は、「魅力あるゼミ」とは、「知的作業に没頭できることこそが、ゼミの魅力であり醍醐味」であることからして、「思考力と人間力を磨くための場」と言う。そのために、自分で考え、分析し、判断するというプロセス。自分の考えを発表し、他人から感想や意見にコメントしてもらって、これをもとにさらに思考を繰り返す。そのためには、「指導教員がまず、『知性』を愛し、学問の真理探究を真摯に行ってきたか、ということが重要です」という。
 ごもっとも。異論はない。次年度担当するゼミでは、「知的作業」のおもしろさをゼミ生が実感できるよう運営したいものである。

 以上に関連し、ひとつ、付け加えておきたいことがある。
 自然総研・清瀧一也理事長(池田銀行元頭取。私が池田銀行在職時代から学ばせていただいている師のひとりでもある。)の随想「といろの連想」に紹介されていた、安岡正篤先生の"活学"である。論語の「学びて時に之を習う」から読み取ることができる。
 「時」は、「その時、その機を失わずに、あらゆる経験を活かして学ぶこと」。
 「習」は、「羽と白。白は鳥の胴体。雛鳥が成長して巣離れする頃になると、ぼつぼつ親鳥の真似をして翔ぶようになる。つまり体験する。身体で勉強する活きた学問」。
 時習あわせて「活学」のこと。

 余分な注釈はするまい。
 
 時折、紙の上に書かれた知識を、教師から教えてもらい、これひたすら記憶する、これを「学び」と勘違いしている学生を見かけるが、間違っている。生活人・職業人としての日々の営みをどうやっていくか、これに関わる「法」をどうとらえればよいのか。どう活かせばよいのか。これらを考えていく、こんな学びが望ましい。これを演出していくことが私の教師としての目標である。
 
 

 法律時報2011年2月号(通巻1031号)および京都学園法学2010年第1号(通巻62号)に標題に関する論考を掲載した。いろんな事情があって公刊が遅れ遅れになり、この問題に関する四囲の状況が騒々しくなるにつれ気になっていたが、来月初めに刊行される予定の市民と法第67号(2011年2月号)に掲載の論考とともに、ひととおり私の分析および意見を公表することができた。実務先行で関心が高まっているにもかかわらず、しっかりとした論文がそれほど出てきていない段階で、おそらく大学の研究者の手によるものとして最初の業績になったのではないかと思う。
 私としては、一応この問題については一区切りつけたいと考えていたが、最近手元に届いた金融法務事情1914号(2011年1月25日)において、全国倒産処理弁護士ネットワークの立法提案および法制審議会会社法部会第8回会議(平成22年12月22日)の配付資料が掲載され、また、会社分割に関しては第一人者の地位にある後藤孝典弁護士の論文(ビジネス法務2011年3月号78頁以下)が公表され、これらへの対応は、タイミングを見て、何らかの形でやっておきたい(「再論」という形で公表したいと考えている。)。
 全国倒産処理弁護士ネットワークの立法提案および会社法部会の資料は、あくまで会社法のルールの中で、分割会社債権者を害する「濫用的」会社分割を防止するシステムを組み込むことを意図するようである。この点について、私は、現行の会社法のルールの中では、「濫用的」会社分割(私は、これを「詐害的」会社分割として論じた。)はやむを得ないこととし、分割会社債権者の保護の問題は、民商法の一般ルールで処理すべきとして、最近の東京地裁・東京高裁判決で示された、会社分割に対する詐害行為取消権行使を支持した。後藤弁護士の論文は、私が基本的に賛成した東京地裁・東京高裁判決の問題点を挙げ、これらに反対するものである(私も、全面的に賛成しているわけではないことについては、前記の論考をご参照いただきたい)。
 何はともあれ、会社法のシステムが濫用的もしくは詐害的な使われ方をし、これによって債権者が害されるという現実は見過ごすわけにはいかない。各処で活発な検討がされることを期待したいし、私も相応の係わりを持っていきたいと思う。

  今朝、バスを降りると、思いがけず雪景色が目に入った。昨日  の夜半に降ったらしい。雪かきをしておられる作業員の方には申し訳ないが、きれいだ。本年度最終の授業日に臨む私をきれいな化粧をして迎えてくれているように思えた。
 そうする中、就活戦線で苦戦を強いられた4回生ゼミの何人かがやってくる。4月以降が必ずしも第1志望ではないだけに、このまま進んでいいのか悩みもある。しかし、立ち止まることなく前に向かって進んでいけば、何とかなる。私もそんな生き方をしてきた。たくましく生きてほしい。
 また、担当の講義科目についても、本年のセメスターから採用されている15回目を終えた。知識を追いかけるだけではなく、大人としてのものの見方や問題解決法、さらには勉強の方法なども若い人たちに伝えたいと考え、いろいろと工夫をしたつもりであったが、その成果はどうだっただろうか。定期試験が来週に予定されているせいか、いくぶんか真剣さが感じらた。その定期試験のできばえは、私の仕事の成果も試されているようで、気になる。
 夕刻、講義を終えて窓の外を見ると、すっかり雪は溶けたようである。明日から、少しずつ、新たな気持ちで、次年度の授業の準備にかかることとP1000056.JPGしたい。

 なお、私事ながら、私にとって二人目の孫がつい先日誕生した。長男夫婦は「広絆」と名付けた。人と人を繋ぐ絆。これを広く持ちながら生きていってほしいということだろうか。20年単位で考えれば、私が日頃付き合っている学生諸君の次の世代に生きることになる。世代間でしっかりとバトンタッチできるよう、気持ちを引き締めて臨んでいくこととしたい。

 

 自分の専門領域で、何か一つでも二つでも情報発信をしたい、それもできるだけ良いものを。こんなことを思いながら読んだり書いたりしている毎日ですが、今年の年末年始の休暇には、3本の仕事がほぼ完了しました。「詐害的会社分割と分割会社債権者の対応」(市民と法67号掲載予定)、「所有権留保における留保所有権者の担保権者としての地位」(NBL掲載予定)、大阪司法書士会会員研修会レジュメ「詐害的会社分割と分割会社債権者の保護」(2月1日)です。
 文章を書くことは、いつになっても慣れるという域まで行きません。どう書けばよいか、パソコンの前で悪戦苦闘しているというのが正直なところですが、こんな折、上坂徹『書いて生きていくプロ文章論』(2010年12月、ミシマ社)に出会いました。「ベストセラーを続々手がける著者が明かす、生きた文章論。」いうのが、本書の帯の紹介文です。文章論の類はいくつもありますが、ライターという仕事で、この10年間に3億円を稼いだということですので、多くの方にとっては傾聴すべきメッセージであると思います。
 内容は、誰に何の目的で読んでもらうか、このポイントは絶対に外さないこととか、批評や批判をする場合は、対象があるからこそできるのだということを認識し、少なくとも対象に多少のリスペクトがあってしかるべきだとか、文章を書く心得のようなものがいくつも書かれています。文章を書くにあたっての人に対する気配り・心配りを改めて自覚させるものとなりました。
 さて、私の書いた文章はどうでしょうか。独り善がりになることなく一つ一つの仕事を大事に取り組んでいきたいと思います。

 皆様明けましておめでとうございます。
 随分と久しぶりの更新です。今年こそは定期の更新を期したいと考えておりますことはともかくとして、今年は、ことのほか「希望」を持った1年にしたいという強い思いを持っております。
 昨年秋に岩波新書から出版された玄田有史先生の『希望のつくり方』を読みました。玄田先生の本は、『働く過剰 大人のための若者読本』(2005年、NTT出版)を読んで以来です。同書は、学生達の立ち位置を理解するのに役立たせていただきました。
 『希望のつくり方』は、玄田先生の希望学の研究成果ということらしいです。冒頭に書かれていた、「一人ひとりが希望を持つには、周囲が的確に『大丈夫!』の言葉を投げかけていくことが、とても重要だと感じるようになりました。」(10頁)には、少し驚かされます。しかし、私も、なるほどと感じる部分はあります。

 また、 Hope is a Wish for Something to Come true by Action
 大文字で表記されているのが「希望」の4つの柱(36頁)。その柱を自分で見つけることから希望は始まるということには同感したいと思います。
 Actionは、どうすればよいでしょうか。やってもやっても報われない壁もあると思います。ここを玄田先生は、「大きな壁にぶつかったときは、大切なことはただ一つ。壁の前でちゃんとウロウロしていること。ちゃんとウロウロしていれば大丈夫」と言われます(200頁)。壁の下に穴が空いてるのが見つかるかも知れない。これが見つかればくぐり抜けられることもできるかもしれない。「壁を乗り越えろ」「壁を突き崩せ」と勇ましく言われるよりも、現実感があります。

 等身大で、つかみ取ることができる、そんな「希望」が実感することができました。今年も、若い人が希望を持って4年間を送ってくれること、これを強く願いながら、そのために何か一つでも二つでも役立つような仕事ができればと考えております。
 どうぞよろしくお願い申し上げます。

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