学生達と共にの最近のブログ記事

 4月2日の入学式から、今日、5日はフレッシュマンフェスタ。新入生を迎えた法学部の先輩達による歓迎イベントである。新しい生活に対する希望と不安、緊張感に包まれた雰囲気が少しずつ変化している。
 フレッシュマンフェスタでは、新入生はゼミ単位に別れる。フレッシュマンフェスタ実行委員会の学生達を中心に、教員が何名か参加して、学生生活について話したり、相談に乗ったりする。

 今年の新入生とって、どんな4年間になるだろうか。
 現在の経済社会の状況はよくない。先ほど卒業した先輩達も就職活動はほんとに苦労した。それに輪を掛けて、東北の大震災の影響が関西にも及んでいる。
 しかし、4年先は、今よりはよくなっているはず。大震災の被害から、復興に向けた力強い動きが、日本全国至る所で出てきつつある。その努力が少しずつ功を奏するはずである。
 4年間で力強く生きる手立てを身につけて卒業してほしいものである。

NEC_0003.JPG 新入生達の卒業後の進路希望は、さすが法学部らしく、公務員というのが聞かれる。警察官というのも多い。今回の震災で、その仕事に大変さが、明らかにされているのにである。
 4年間でなんとか希望を実現するだけの力を身につけてほしい。私たち教員にとっても新たな課題を自覚する時である。

 

 

 

 

 

 

上は4月2日 入学式。下は、4月5日 本日のフレッシュマンフェスタ

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 学生たちを前にすると、どうしても、「勉強しなさい」「もっともっと勉強しなさい」と言ってしまう。素直な学生は、「はい。がんばります。」と応じる。意味のないやりとりである。
 今までそれほど勉強してこなかった。それでも十分幸せに生きてこれた。そんな人を相手に、自然と勉強しないとダメだ、こんな自覚が生まれるようにするには、通り一遍のモノの言い方では伝わらないだろう。
 勉強法の達人(自らを勉強法学者と称されている。)である柴田孝之氏の「試験勉強の技術」(2010年3月、ダイヤモンド社)を読むと、「第4部 勉強にくじけないために」に、重要な指摘がある。
 まず、勉強は何に役立つのか。いろんな知識を素材にして、筋道を立てて考える力や、正確で迅速な事務処理を訓練できるところにあり、およそ社会生活・日常生活を営むすべてに役立つ。そして、勉強を始めた人は、天命を待てるくらいまで人事を尽くさなければならない。人事を尽くせば、自ずから結果は表れる。それが悪い結果になることはない。挫折や飽きはつきものだが、結果を出さなければやったことがすべて無駄になる、と言う。
 誠に歯切れがいい。
 法学部の勉強は、これにプラス・アルファー。その学問としての性質上、人と人との関係。人と国・自治体との関係。人と企業との関係。それぞれのつながりを、いろんな角度から学んでいくので、社会生活をする上で、市民として正しいモノの見方・考え方を身につけるという点で役立つ。
 こういった動機付けを経て、あるいは理解を得てこその、「勉強しなさい」なのだろう。しかし、ここまでいけば、そんなことを言う必要はないかもしれない。そうあってほしいものである。

 この時期の4回生のほとんどは、最後の学生生活を楽しむべく、卒業旅行等等の計画に余念がないようである。しかし、中には、卒業単位を取得すべく定期試験を受ける者も少数ながいる。就職が決定しているかどうかにかかわらずである。

 この厳しい時期に、第1志望の企業から内定をもらった。しかし、今回の定期試験に合格できたかどうか不安である。1?3回生の頃は、単位を落としてもそれほど深刻に考えなかったが、今回はそうはいかない。そのような学生から、科目担当の先生に、格段の配慮をお願いに上がりたいがどうか、という相談を受けることがある。

 私の学生時代より前、もうかなり昔、上等のウィスキーボトルを教授のもとに持参、真摯にお願いすれば、成績を手加減してくれたというようなことは聞いたことがあるが、本当かどうか知らない。相談を受ける身としては、無責任な情報を提供すべきではなかろう。自分自身が同じ大学教員の立場として、どう考えるか、このことを踏まえてアドバイスしなければならないだろう。

 私は次のように考える。

 大学のブランド価値を維持するために、一定の基準に達した者に対してのみ単位認定するということは大学教員の職業上のモラルである。大学教員は、一方では、大学のブランド価値を高めるため、あらゆる努力をしている。このことは十分理解しておいてほしい。これを前提に、どう行動するか、自分で考えなさい。
 建前論としては、間違っていないと思う。先生のところにお願いに行き、追い返されても、それはそれで学ぶべきことはあるだろう。

 ただ、私のところにこの種のお願いが来たとき、どうするだろうか。やはり真剣に悩むと思う。ここで半年・1年の卒業延期を求めるのは、どんな意味があるのだろうか。それも、就職先が決定している学生が卒業延期になれば、その学生の人生はどうなるのだろうか。そこまでは責任を持てないことも事実である。
 かといって、与えられた裁量権限を濫用するのも適切とは思えない。

 どうするかは、ここには書かないこととする。


 

 皆様明けましておめでとうございます。
 随分と久しぶりの更新です。今年こそは定期の更新を期したいと考えておりますことはともかくとして、今年は、ことのほか「希望」を持った1年にしたいという強い思いを持っております。
 昨年秋に岩波新書から出版された玄田有史先生の『希望のつくり方』を読みました。玄田先生の本は、『働く過剰 大人のための若者読本』(2005年、NTT出版)を読んで以来です。同書は、学生達の立ち位置を理解するのに役立たせていただきました。
 『希望のつくり方』は、玄田先生の希望学の研究成果ということらしいです。冒頭に書かれていた、「一人ひとりが希望を持つには、周囲が的確に『大丈夫!』の言葉を投げかけていくことが、とても重要だと感じるようになりました。」(10頁)には、少し驚かされます。しかし、私も、なるほどと感じる部分はあります。

 また、 Hope is a Wish for Something to Come true by Action
 大文字で表記されているのが「希望」の4つの柱(36頁)。その柱を自分で見つけることから希望は始まるということには同感したいと思います。
 Actionは、どうすればよいでしょうか。やってもやっても報われない壁もあると思います。ここを玄田先生は、「大きな壁にぶつかったときは、大切なことはただ一つ。壁の前でちゃんとウロウロしていること。ちゃんとウロウロしていれば大丈夫」と言われます(200頁)。壁の下に穴が空いてるのが見つかるかも知れない。これが見つかればくぐり抜けられることもできるかもしれない。「壁を乗り越えろ」「壁を突き崩せ」と勇ましく言われるよりも、現実感があります。

 等身大で、つかみ取ることができる、そんな「希望」が実感することができました。今年も、若い人が希望を持って4年間を送ってくれること、これを強く願いながら、そのために何か一つでも二つでも役立つような仕事ができればと考えております。
 どうぞよろしくお願い申し上げます。

 大学生の学びは、「教室で先生から」、「書物から」というのが一般的である。大学を卒業して社会人になると、「人から学ぶ」というのが圧倒的に多くなる。例えば、先輩・上司から、また、お客さまから、などである。この「人からの学び」が、教室・書物からの学び以上に、人の一生に大きな影響を与える。現実の課題と格闘する中、絞り出した知恵、また、お客さまの信頼を獲得したいという熱意などがあるからだろうか。振り返って、今自分がこうしていられるのは、あの時の先輩の厳しい指導があったから、また、あの時のお客さまの一言が、という経験は多かれ少なかれ誰もがしたのではないだろうか。

 先週から今週にかけ、(財)大学コンソーシアム京都のインターンシッププログラムで実習中の学生達と彼らに実習の場を与えていただいている企業のご担当の方を訪問させていただき、「人からの学び」について改めて考えさせられた。
 学生達は若い感性を十二分に発揮して、実習先の方々やお客さまから多くのことを学び取っていくことであろう。実習を終えて、どれだけ成長してきただろうか、また、どんな報告をしてくれるのだろうか。「人からの学び」の成果がどれほどのものであったか期待したい。

 昨日7月10日(土)の午前は、龍谷大学深草キャンパスで、(財)大学コンソーシアム京都のインターンシッププログラムの事前学習のゼミ指導を行い、午後、京都駅からサンダーバードで富山に向かった。富山では、通常は2・3か月に1回、京都市内で開催される法律実務研究会の移動研究会に参加。研究会では、富山大学の橋口賢一先生から、賃貸契約の更新料約定と消費者契約法10条の問題について報告があったようであるが、私はここへの参加がかなわず、懇親会からの参加になった。そして、本日、7月11日(日)は、重要文化財に指定されている北前船回船問屋「森家」など岩瀬地区(富山市)内を観光し、帰途のサンダーバードの中で書きかけの原稿2本を仕上げるという一日になった。
 まさに「忙」と「閑」が共存する2日間になった。
 インターンシッププログラムの事前学習のゼミ指導では、「実習に向けた目標の設定」が課題である。実習生は、最低でもインターンシップ参加によって、「自分はそこでどう変わったか。何を得たか。糧になったものは何か。」をきちんと言えるようにしたい。そのためには、PDCAサイクルに基づいて目標設定が重要という問題意識のもと、目標の建て方にこだわりを持って進めた。具体的には、各自が設定した目標を発表、これを相互評価するという手法をとった。それなりの達成感をもってくれることも期待して、約3時間かけ、全員の分をひとつひとつ俎上に載せて議論した。それほど的外れな意見が出ず、みんなの意欲も減退しなかったのが何よりである。これがこの2日間の「忙」の部分であり、コーディネータとしての仕事である。これに対して、「閑」は説明を要するものではない。
 ただ、「閑」もあまりリラックスしすぎて羽目を外してしまえば、かえってその時間は、「忙中閑あり」の「閑」ではない。しなやかなバランスを保ちつつ、「忙中閑あり」としたいものである。

 

 教師という職業をやっていて何よりもうれしいのは、学生達の成長を実感したときである。
 私にとって、そういった経験をさせてくれる場の1つが、(財)大学コンソーシアム京都のインターンシッププログラムのコーディネーターとしての参加である。
 本年は、7月3日(土)龍谷大学・深草キャンパスで、事前学習のゼミがはじまった。私の担当するクラスは、男女あわせて15名。いずれも今年の夏休み、これからの職業人生に役立つような大きな成果を得たいという気持ちを持ってきている。ピンと張り詰めた空気、みんなの緊張感が伝わってくる。

 当日は、ゼミの前半は、派遣先担当者I氏と昨年度実習生Kくんから、それぞれの立場から、インターンシップ体験を生かすために、何を考え、そして実行していったかを語ってもらうことに時間を費やした。
 I氏からは、インターンシップ生の受入れによって若者達の成長に役立つ仕事に取り組んでいこうとする熱意を、企業人の立場からていねいに話していただいた。Kくんからは、昨年のインターンシップの実習によって学んだことは何だったか、今年の実習生に伝えていただいた。(Kくんの実習先はI氏の会社である。)
 とくにKくんについて、I氏との交流を通じて学んだことを、自分の就活の経験を交えながら、話したことは、Kくんの成長ぶりがうかがえるものであった。
 ビジネス社会では、上司・同僚・顧客などとのお付き合いを通して学ぶべきことは数限りない。Kくんは、この学びを、豊かな感性、感動する心をもって、より成果の高いものにしたのである。職業人として成功するための基本は、はずしていない。

 今年の15名は、どうだろうか。真剣に取り組もうとする気持ちは誰よりも強いものを持っているだろう。これを職業人としての第一歩につなげていく。これが、本年のインターンシッププログラムのコーディネーターとして参加する私の目標である。

 内々定の報告に来てくれた学生達と飲みながらの会話で、昨今人気のある漫画に「スラムダンク」なるものがあることを知った。私たちの世代の「巨人の星」や「あしたのジョー」と同様、いわゆるスポ根ものの一種らしいが、普通ではないおもしろさがあるという。高校男子バスケットが舞台である。
 これが少し気になっていたところ、偶然本屋の平積みで、遠越段『スラムダンク論語』(2010年5月、総合法令出版)を発見。さっそく読んでみた。
 スラムダンクの登場人物が語るぐっと胸に迫る言葉を「論語」と対比し、スラムダンクの登場人物の生き方の魅力を伝えていく。こんなことをねらいにした著作である。論語の読み方としては、ユニークである。
 例えば、
 「スラムダンク」(第4巻)・(遠藤著32頁)
   あいつは今 純粋に
   バスケットボールを
   楽しんでいる
   目の前の相手との
   勝負に夢中で
   楽しんでいるんだ!!
 「論語」
   子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。
   これを好む者は、これを楽しむ者に如かず。

 楽しんでいる者が最も成長していく、という遠藤氏の解説が、スラムダンクの一節の紹介と共に付けられていたが、好著である。

 ところで、我が女子バスケ部が、このほど京都学園大学の強化指定クラブになった。バスケットボールが大好きな女子学生達が集まっていると聞いている。これまで以上に頑張ってもらって、「スラムダンク」にはない、自分たちのすばらしいドラマを作って欲しい。

 昨日・7日は、京都の大学の共同事業、(財)大学コンソーシアム京都のインターンシッププログラムへの参加学生の面接を行った。本事業は京都地域の大学の教員30名がコーディネーターとして協力すもので、私もこの仕事に関わるのは、本年で3年目である。
 面接は、実習に向けた目的意識が明確か、実習を通して学び成長する意欲があるかなど、の観点から、受け入れ先企業に責任を持って推薦できる学生であるかどうかを判別するというものである。私は、午後2時から8時まで6時間にわたって、25名の学生の面接をした。
 2回生もいたが、3回生がほとんどである。就職活動をはじめるに当たって、働くということを実感したい、今の自分に企業社会へ参加できるだけの実力があるか、何が不足しているか、これらを確認したみたい、将来の職業生活の不安を一掃したいなど、参加の動機である。
 就職活動は、昨今、自己分析・エントリーシート・面接対策等々かなりマニュアル化しており、これが学生・企業を消耗させている面はあり得るが、今回面接した学生のほとんどは、今の自分と将来の自分とを対比し、何をすればよいかを自分たちなりにしっかりと考え、これをそれぞれの言葉で私たちに語ってくれた。正直疲れたが、後味はよい。
 今日会った3回生の皆さんが、新卒で就職を決める時期は、経済状況が今よりよくなっているようにも思えないが、そのような状況だからなおさら、しっかりと実力を身につけ、これを武器に乗り切っていこうとする。世の中そんなに甘くないよと言いつつ、それでもその若いエネルギーに期待したい。
 面接は7日・8日の両日行われる。その後、事務局で学生の希望と受け入れ先企業のマッチングを行い、受け入れ先の業種によって編成したクラスで、インターンシップの目標設定を中心にした事前学習のプログラムが6月から始まる。私が本年度コーディネータとして担当するクラスにどんな学生が来るか、今から楽しみである。

 

 「金融取引実務と民商法」は、コンソーシアム京都の単位互換科目として、京都駅前のキャンパスプラザ京都で実施している授業である。

 今年で4年目。1年目から一貫しているのは、民商法が実際に適用される場面として、金融取引実務を取り上げ、民商法の具体的な運用実態を明らかにするのを目的としていることである。就職先として銀行を志望する学生をはじめ、銀行取引の実際に関心を持っておられる方々に聞いていただいている。法学部以外の学生の参加もあるので、できるだけ簡潔に制度のポイントを話すように心がけている。

 先週木曜日の第2回目講義は、先週の第1回目と同様、銀行業に対する種々の規制を話題にした。この部分は民商法とは直接の関連はないが、銀行取引の一方の当事者である銀行について、ひととおりのことを知っておくのはそれなりに意味があると考えた次第である。ただ、話の中身はやや難解になったかもしれない。銀行業に対する規制の目的のひとつが、顧客保護にもあることを考えれば、顧客の立場に立つ受講生にとってもこの内容を知っておくにこしたことはないと思うし、今後話題にする民商法の適用場面でも影響するところは少なくないように思う。

 3回目以降は、講義のタイトル通り、「金融取引実務と民商法」を話題にする。民法に重点を置くことになると思うが、できるだけわかりやすく話すように努力したい。

 ところで、先日の講義の修了後、全回分をまとめて綴った講義資料をもう1冊ほしいという要望をいただいた。その学生のお父様が現役の銀行員として活躍されており、部下の指導に活用したいということである。親子間で私の講義が話題に上がり、その問題意識を踏まえて私の講義を通じて自分自身の学びに取り組む学生に出会えたことはうれしい。

 

 

 

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