佐藤雅美『幽齋玄旨』(文春文庫)を読んだ。幽齋玄旨とは細川幽齋(藤孝)のことである。本学のキャンパスは亀岡市にあるが、亀岡市の礎である丹波亀山城も小説の後半部分で登場する。丹波亀山城は、戦国時代末期に明知光秀が築いたことで有名である。幽齋は、石田三成側の1万5,000人ほどの大軍に丹後田辺城(舞鶴)を包囲され、500人に満たない兵力で「勝てはせぬが、負けもせぬ」と籠城、歌道の影響力によって勅命による講和がなされるまで頑張りぬく。この講和後、丹波亀山城に入るのである。
(愛猫。愛犬(雑種)は妻と散歩中)
幽齋は、若かりし時から気になる武将のひとりであった。足利・織田・豊臣・徳川と仕えながら、生き残ってきた文武両道の生き様に魅かれたのだと思う。フランスでいうと、人物の性格ではまったく異なるものの、総裁政府・統領政府・ナポレオン1世・ルイ18世・ルイフィリップの各政権で活躍したタレイランとやや似ている感じもしなくない(タレイランについては、ダフ・クーパー(曽村保信訳)『タレイラン評伝』(中公文庫))。
ところで、関東で長らく金融機関に勤務した後、本学に転じたが、関東で歴史小説を読むのと京都で読むのとではは、心の持ちようが違うようである。京都市内の住まいで読むと主人公が庭先で走り回っているような感じがするのは、やはり歴史の重み、土地柄のなせるわざであろう。





