先日、高校の模擬授業で岡山県まで出張してきました。
その際に乗車したローカル私鉄(三セク)線に変わった駅名があったので、写真を1枚パチリ。
その名もなんと「吉備真備駅(きびのまきびえき)」。
吉備真備(きびのまきび)といえば、奈良時代の政治家で遣唐使としても有名ですね。日本で最初の「軍師」という説もあります。
歴史上の人物名がそのままフルネームで駅名になっているのは、結構珍しいのではないかと思います。
先日、高校の模擬授業で岡山県まで出張してきました。
その際に乗車したローカル私鉄(三セク)線に変わった駅名があったので、写真を1枚パチリ。
その名もなんと「吉備真備駅(きびのまきびえき)」。
吉備真備(きびのまきび)といえば、奈良時代の政治家で遣唐使としても有名ですね。日本で最初の「軍師」という説もあります。
歴史上の人物名がそのままフルネームで駅名になっているのは、結構珍しいのではないかと思います。
先日、いつも参加させていただいている京都市内での行政法研究会がありました。2ヶ月に1回程度の頻度で開かれており、昨年から参加しておりますが、その会場の敷地内には由緒のありそうな建物が建っていることが以前から気になっていました(写真の建物)。
これ実は、幕末の志士「桂小五郎」(かつらこごろう・長州藩)としても知られる、明治の元勲「木戸孝允」(きどたかよし)の旧邸とのことでして、ちょうど「京の夏の旅・文化財特別公開」として一般公開されていました。
研究会開始まで少しだけ時間があり、良い機会なのでちょっと見学。思ったより狭い気がしますが、これは元々あった邸宅の一部だそうです。しかも、この邸宅は、元は五摂家筆頭・近衛家の下屋敷を木戸が譲り受けたものであるとのこと。
日常的に使う空間のすぐそばに、こういう歴史が息づいているところが、やはり「京都ならでは」であるとつくづく思います。
先日、所属する学会の研究大会で、札幌に出張してきました。
その際、地下鉄の駅構内で、写真のような広告を見かけました。札幌市のオンブズマンの広告ですね。札幌市は公設のオンブズマン(市民団体として活動している、いわゆる市民オンブズマンとは違います。)を設置している数少ない自治体のうちの一つであることは承知していましたが、企業の広告などと並びここまで積極的な広報を展開しているとは知りませんでした。感心しつつ写真をパチリというわけです。
札幌市のオンブズマンは、同市のオンブズマン条例により2000年度から設置されたポストで、市民の権利利益を擁護し、市政を監視し、市政の改善を図ることにより、開かれた市政を推進し、市民の市政に対する理解と信頼を得て、市民の意向が的確に反映された市政運営に役立てることを目的としています。定数は3名で、議会の同意を得て市長が委嘱することになっています。
私は、地方自治体の条例を研究対象としているため、自治体の「例規集」をよく参照することがある。例規集とは、その自治体の法令集のことであり、自治体議会の定めた条例や首長その他の執行機関の定めた規則その他の規程が掲載されているものである。自治体によって呼称は多少異なり、「法規集」などという場合もある。
ところで、この例規集、昔は加除式の書籍の形のみで存在していたが、現在はインターネット上の自治体ホームページでも公開されていることが一般的である。このように例規集がインターネットで公開されるようになったことは、私のような研究者にとっても非常に便利なことであるが、何よりも重要なのは、市民一般が自治体の条例等にアクセスしやすくなったことであろう。自分たちが選出した議会や首長といった代表者たちによって定められたルールがどのようなものであるか、容易にアクセスし読むことができるか否かということは、民主主義のあり方に関わることである。また、各種許認可の申請等を行おうとする者にとっては、その根拠条項・関連条項を容易に確認できることが重要である。
今や自治体ホームページ上の例規集は、地方自治における法治主義の深化、徹底化に大きく寄与しうる、重要なツールとなりつつある。
しかしながら、少々残念なのは、自治体によっては、このホームページ上の例規集がわかりにくい場合があることである。
トップページに例規集の入り口がわかりやすく表示されている自治体のホームページは、見ていて非常に印象も良い。「いつでも必要な条例等はお見せします」という、情報公開への積極的な姿勢がにじみ出ている。
他方、トップページに例規集の入り口がなく、うろうろ探して「行政一般」のような項目に入り、そこに羅列された大量の情報から、あるいは、さらに深くクリックして入っていった末、やっとのこと例規集の入り口を見つける、というようなケースは、探す側にとっては時間もかかり、ストレスもたまる。
いうまでもなく、条例等はその自治体の行政の根拠である。そのことを十分認識したホームページ構成がとられているのかどうか、あるいは、条例等を網羅的に検索できる「例規集」を他の個別分野の行政情報とは異なる情報と認識しているのか、はたまた同列にみているのか、といったことがわかるような気がして、自治体のホームページの比較は結構興味深いものである。(情報公開条例など民主主義の根幹に関わる条例をどの章に収めているかなど、例規集自体の構成も自治体により様々であり、比較してみると面白い。)
先日、関西のある自治体職員の訃報に接しました。以前から一緒に全国の政策法務研究会で勉強してきた同志です。
故人は、奇しくも私と同世代ですが、10年ほど前から政策法務研究に関してインターネット上での情報発信を開始するとともに、著書、研究論文を多く世に送り出し、また、研究会発表等も精力的に続けてこられた方です。全国及び関西の政策法務界において、ひときわ輝きを放つ存在でした。そんな彼が病に倒れたのは、一昨年の夏のことでした。彼は、その後も病と闘いながら、情報発信を続けていました。彼の研究心、情熱には本当に頭の下がる思いです。
結局、昨年夏に札幌で開催された全国研究会が、彼との今生の別れになってしまいました。
私はかねがね、論文や著書を世に出すということは、すなわち「自分がこの世に生きた証(あかし)を一つ一つ刻んでいくことである」と思っています。そして、そのような気持ちで執筆し、発表してきました。
最近はすっかりご無沙汰している、趣味の写真(主に風景写真)もこのような心持ちでかつて撮っていたことを思い出します。同じようなカメラで同じ風景に対峙しても、撮影した人によってできてくる写真は全く違います。まさに「その人の視点」がそこに表現され、定着しているということでしょう。(そんなつもりで、私は恥ずかしながら2000年(平成12年)には『光陰・・・隠岐の印象』という写真集も自費出版しました。)
学生諸君が卒論を執筆することは、学生時代の勉学の集大成であると同時に、まぎれもなく、この「生きた証」を刻むことをも意味する行為に違いないのではないか、と思います。特に、優秀作として学生論集に掲載されればなおさらのことです。
故人は、太く短く人生を駆け抜けて行ってしまいましたが、彼が世に問うた著作、論文等は彼の情熱とともに生き続けています。そして今後、それらの本を手にするたびに、私は自問自答していくことになるのだと思います。
「自分は果たして『証』をしっかりと残すことができているだろうか」と・・・。
「政策法務」という言葉をご存じでしょうか?平たく言えば、政策を自治体の法である「条例」としてどう設計していくか、法令を地方の実情に合った形でどう解釈・適用していくか等々に関する研究・実務両面での取組のことです。
近年、地方自治関係、特にこの「政策法務」の分野では、自治体職員を中心に、研究者や法律実務家も加わった自主的な研究会・勉強会が、結構活発に行われています。私自身も、行政実務者だった時から、そのような全国レベルの研究会に参加しながら、自分の研究を進めてきました。おかげさまで、そのような活動の中で知り合った友人・知人たちが、だいたい全国どこへ行ってもおられるので、私にとっては心強い限りです。
私は、この4月に、国家・地方合わせて23年間勤務した公務員から大学教員に転じ、本学に赴任いたしましたが、京滋地域の勉強仲間からも歓迎していただき、そして新たに地域の研究会・勉強会へのお誘いも受け、更なる情報交換と勉強の機会をいただいています。本当にありがたいことですね。
このような研究会・勉強会の醍醐味、素晴らしさは、異なる職業の者同士が、一堂に会して討論し合い、意見交換できるという点でしょう。新たな発想やアイデアは、異質性、多様性の中から湧いてくることが多いものです。
特に、私がライフワークの一つとしている「政策法務」は、もともと地方自治の現場から生まれてきた取組です。したがって、私にとって、このような研究会・勉強会は、行政実務に根ざした研究を深めていく上で、欠かすことのできない場でもあります。今後も、このような場には、可能な限り参加していきたいものと考えています。
ところで、昨今の自治体は財政的にも厳しく、職員の皆さんも元気が出なくなるようなことが多いですね。それなのに、なぜ、私の友人たちのように、自主勉強会などを組織する「志ある職員」(=「自学する職員」)が(全体から見ればまだまだ少数であるとはいえ)存在するのでしょうか。その背景には、1990年代半ばに起源を発する地方分権改革以来強まっている「国から地方へ」という時代の流れがあることは勿論です。しかしながら、それだけでは、自学する職員とそうでない職員との違いは説明できません。これは、結局のところ、人それぞれと言ってしまえばそれまでですが、やはり「気づき」の問題ではないかと思います。つまり、国から地方へという時代の流れの中で、各々が自治体職員としての職責を果たすためには、生涯にわたって勉強が必要だということに気づくかどうかの違いではないでしょうか。これに気づいたとき、貴重なプライベートタイムを割いても人は学び始めるわけです。
社会で生起する様々な事象は日々変化してきます。したがって、それへの対応策も日進月歩です。こうした変化に対応し、より良く生きるためにこそ学ぶのだとすれば、勉強は生涯続けていくものです。このことは、公務員に限らず企業で働く場合でも同じことが言えるのではないかと思います。
そして、社会人となり、このことに気づいた人から見て、学生諸君は本当にうらやましい環境にあるわけです。勉強しようと思えば時間はたくさんあります。大学図書館などそのための施設・設備も揃っています。行き詰まったときに相談できる先生方もいます。
本当にうらやましい・・・。そのことに学生の皆さんには一人でも多く気づいて欲しいと願う今日この頃です。